保育士一般試験勉強~外国人編~ペスタロッチ・マクミラン姉妹・コンドルセ・エルハウを簡単に

保育士試験勉強

単に暗記したい人はYouTubeを見るのがオススメ。

背景をいろいろ知ったほうが覚えやすい!でも全員調べる余裕はない!って人へ捧げます。

まとめた人物はすべて過去問で(ひっかけ問題の誤選択肢としても含め)出題されたことのある人たちです。

前回→コメニウス、ルソー、モンテッソーリ、オーベルラン、オーウェン、フレーベル

ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチ

イタリアにルーツをもつがドイツのチューリヒで生まれた教育思想家。

メトーデ(英語「メソッド」のドイツ語読み)(人間の本性に従う合自然性の教育)」という教育実践法を編み出した。

シュタンツ便り」「リーンハルトとゲルトハルト(ベルトハルトという母親が腐敗した社会のなかで合自然性の教育を自身の子供に行う家族小説)」「隠者の夕暮れ(スイスでの貧民の子供のための教育の記録で、人間の平等性を説いた)」「白鳥の歌(「生活が陶冶する」と、調和的な発展が日常生活を通して行われることの重要性を説いた)」などを執筆。

当時の言語・知識偏重型の教育や職業訓練を批判し、子供の素質や能力はどこかを突出させるのではなくすべてを調和的に発達させるべきだと唱え、全人教育の祖と考えられている。

ルソーの影響を受け、合自然性の教育、貧児教育、労作教育などに力を入れた。

絶対的に貧民の味方、貧民を見捨てなかったため民衆教育の父と呼ばれる。

とりあえず「自然」と唱えた人。

ペスタロッチのいう「自然」は森や海など表面的な「自然」ではなく、「表面的にはなんのつながりもなさそうだが深層では秩序や普遍性があるもの」という概念のこと。

「合自然性の教育」とは、人間は自然の秩序に従って存在しているのだから、天賦の能力としての知性・道徳性・身体能力の調和的発達を目的とする人間教育では、人間を「自然」の秩序に導くべきだ、という考え方・教育法。

合自然性の教育で、腐敗した社会の悪に屈しない自立した個人を教育し、すべての人間の価値と尊厳が尊重される社会を実現することを目的としていた。

直観教授」という「感覚(バラバラの情報を受動的に受け取るだけ)→知覚(情報から何かの形式を能動的に得ようとする)→概念」という、子供が対象の本質をつかむために追う心のはたらきに即して構想された方法原理を説いた。

直観の認識要素として数・形・言語を挙げた。

 

マクミラン姉妹

姉:マーガレット・マクミラン

妹:レイチェル・マクミラン

アメリカで生まれたが父の死をきっかけに両親の故郷のスコットランドへ戻る。

ロバート・オーウェンにより義務教育の基盤はあったが実際には貧富の差・教育格差があり、特に労働層は劣悪な環境の中で暮らしていた。

貧民街で診療所を開いたマクミラン姉妹は衛生が悪く再発してくる子供を見て「子ども達が育つためには衛生的な環境が必要」と考えた。

1914年、ロンドンにイギリス初の保育学校を設立した。

「保育学校」は日本でいう幼保のはたらきをもつ施設で、「ナーサリー・スクール」の原型と言われている。

イギリスには幼稚園で教育、保育園で養育と区別する考えはない。

保育学校では共働きの家庭の5歳未満の児童を対象とした。

手洗い、沐浴、昼寝を習慣づけ、屋外で体を動かすことを推奨した。

保育学校には園庭、花壇、菜園など子供の興味を引くような環境をつくり、子供が自由な遊びを通じて学べる環境をつくった。

健康診断や給食を展開する活動もした。

 

コンドルセ

フランスの教育思想家・数学者・哲学者・政治家・革命家。

フランス議会の議員として「革命議会における教育計画」「公教育の原理」などを執筆している。

ルソーとは距離を置き、理性を尊重した。

革命で王政を倒し成功したように見えたが、王の処刑に反対し元同派閥議員の逮捕にも反対するなどの行為が裏切りとみなされ、獄中で変死した。

 

エル・ハウ

アメリカ人宣教師。

シカゴ・フレーベル協会の幼稚園教員養成校を卒業したが、教諭にはならずの婦人宣教師として来日した。

モンテッソーリ教具を用いてはいるが形骸化していたフレーベル教育を日本で、真の意味で普及させるのに尽力した。

松野クララが最初に主任保母となった東京女子師範学校附属幼稚園のフレーベル教育にもハウが大きな影響を与えたとされている。

 

まだまだ次回へ続きます。

 

参考文献

今回の参考文献は以下の通り。

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